会話、なのかな?

少しずつ落ち着いた生活が戻ってきて、毎日とは行かないけれど、ピアノもぼちぼち弾ける様になりました。
この1週間は、空いた時間に、インベンション・シンフォニアの本を開いて、シンフォニア7番とインベンション6番をさらいなおしているところです。

バッハとは、漠然とピアノや音楽が好きだった少女時代に出会い、ハートのど真ん中を射抜かれたあの感覚を今でも覚えています。レッスンの帰り道、いつもは帰ったら何しよっかな~~なんて考えながら自転車をこいでいた小学生の私でしたが、初めてインベンションのレッスンを受けた日の帰り道は、「ああ、世の中にこんなのがあったのか!知らなかったぞ!!すごいぞ!!!なんかすごいところに足を踏み入れたぞ!!!」と青空を仰ぎながらワクワクしたのをはっきり覚えています。

あれから40年近くが経過し、今もやっぱり、バッハは特別な存在であることを、時として感じることがあり、今もそうだったりします。

たまに会って、お互い顔を合わせてゆっくり話をする友人がいます。
一度も会ったことがないけれど、メールのやり取りをさせてもらっている友人もいます。
若い頃同じ職場で働いた仲間で、もう会うことはないだろうけれど、フェイスブックでやり取りしている元同僚がいます。
その他、実家の母であったり、となり町に住んでいる姉であったり、声や文字を使って会話をする相手、というのは様々です。

会話のファクターとは何か・・・と考えると、言葉のチョイスであったり、その組み合わせであったり、それを乗せる声であったり、表情であったり、文であれば句読点であったり、記号であったり。もっと突き詰めると、その人のバックグラウンドであったり、価値観であったり、想像力であったり、思いやりであったり、愛情であったり・・・・。

会話をしていて、「楽しい」場合。「癒される」場合。「共感できる」場合。「つまらない」場合。「虚しい」場合等等、色々ありますが、これらは、自分と相手の、上に挙げたファクターの組み合わせの相性によって変わるのかな・・・と思います。同じ相手でも、自分か相手の条件が変わると、会話の色合いも変わっていくのだろうと思うのです。

さて、何が言いたかったかというと・・・・
ピアノを弾くことは、もしかすると、作曲家と演奏者の会話ではないか、と。私が、バッハを弾く時のあの気持ち。下手くそでもどうして臆することなく没頭して楽しめるのか。バッハの音楽が、自分にとって、最高の話し相手だからではないか・・・と感じ始めたのです。自分は言葉足らずで、会話の質を下げているとは思うけれど、バッハが投げかけてくれる言葉はどれもこれも心にしみるし、さりげなくて美しいし、シリアスな話も、ワクワクする話も、騒ぎ立てずに静かに伝えてくれる。私もそれが好きなんだよ、こうしたかったんだ、ああ落ち着くね、空が晴れたね~、と、話しかけてしまう。私の声は小さくて、滑舌もよくなくて、伝わりにくいとは思うけど、きっと意図していることは汲んでくれている、伝わっている、会話が成立している!!そう信じたいところです。

長い付き合いの、最高の話し相手とたっぷり話をして元気とチャレンジ精神を取り戻し、さて、今度は誰と話そうかな~?と本棚を眺める週末です。実は私は、ショパンと、超長くて重い話がしたかったりするのです・・・・笑

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Commented by ねこぴあの at 2017-09-16 12:27 x
>私もそれが好きなんだよ、こうしたかったんだ、ああ落ち着くね、空が晴れたね~、と、話しかけてしまう。

感動してなんだかちょっと泣きそうになっちゃいました、今日の記事。
ピアノは言葉ですね。

娘さん、よかったですね!
娘さんたちがんばれ~そしてina-kibiさんが楽しく気持ちよく過ごせますように~!


Commented by ina-kibi at 2017-09-16 12:40
ねこぴあのさんへ

コメント、ありがとうございます!

この記事ではちょっと比喩しすぎで、私の場合は、本当は
言葉にならない会話なんですけどね・・・汗 でも、理解し合えている実感がすごくあるのです。私は、幸せものという名の大ばか者です!!笑

娘のこと、ありがとうございます!私が信頼している人がほんの一人二人ですが「大丈夫、いい決断だと思う!」と声をかけてくれたので、少しずつ安心できるようになってきました、私が・・・・笑
親って、果てしなく心配性ですよね・・・・^^;
by ina-kibi | 2017-09-16 09:06 | ピアノ | Comments(2)

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